今朝もいつものように自宅を出て出勤途中での出来事です。
自宅から車で10分のところに小さな消防署があります。
その傍を通りかかったとき…
一人の小学生(多分一年生かな?)が消防車の前で、消防士の方二人となにやら楽しそうにしていました。
消防士の一人は消防車のライトを点滅させ、男の子はもう一人の消防士と身振り手振りで何か話しているようでした。
ふと…「うちの子供たちも連れて行ってやろうか」と思う僕。
あんまり男の子が一所懸命だったので。
何を話していたのかは知るすべもないですが、自分が小学生の頃のことを思い出しました。
5年生位の頃だったと思います。
夏休みの課題で、自分の町をテーマに発表を行うような趣旨だったと記憶しています。
何故か僕は町の消防署に訪れ、火事に関する統計や消防機器の説明を受け、レポートにしました。
休み明けの発表では意外なクラスからの評価に少々照れた気がします。
今朝の男の子、何を話していたんだろう?
まさかレポート作成の為に取材していたとは思えないし。
父親が勤務しているのだろうか?
何故か興味は尽きません。
話し変わって、先日カンドウコーポレーション様のレクリエーションに息子も連れて行きました。
彼が望んだことなのですが、僕としては少し意図することがありまして。
子供同士の社会でも、それはそれで複雑な付き合いも多いでしょうが、そればかりもいかがなものかと。
思い返してみると、僕が子供の頃に「大人の付き合い」に参加したことがあっただろうか?と。
小学生にもなれば、物事の分別も付き始め、空気を肌で感じ始めることでしょう。
僕の意図したことは、息子に「大人の付き合い」に参加して、感覚的になんらかを養って欲しいということ。
近頃の子供たちは想像力が失われ、発想が貧困になっているように感じることがあります。
色んなことをゲーム感覚で軽く捉えがち。
まだ警察官、消防士、パイロット、社長、お父さん、お母さん…
そんな素朴な夢を抱いて育った四十代が成す大人の集団に、息子はどんな夢を抱くのでしょう(^^)
今朝の小学生、もしかしたら…
消防車が大好きで、将来の自分と話していたのかも知れませんね(^^)


コメント
最近の子供たちは
「もの」が溢れているがために
誰かに与えられた「もの」を基準として
考えている部分が感じられますよね。
誰かに与えられた「もの」は大抵
その製作者の考えの範囲でしか行えません。
つまり、自分の発想はそこでさえぎられてしまいます。
ここで人と「もの」の進化は終了してしまうのです。
もっと自然や社会をみつめて
その上で成り立ってきた、完成してきた「もの」について
自分たちで考えられる
そんな子供たちが増えていくと嬉しいですね。
投稿者: 簸川葵 | 2006年05月11日 08:15
簸川葵さん
ほんと仰る通りです。
「大人」といわれる年齢に達しても、己の人生を築くトリガーを、他人から提供してもらわなければ生きていけない人が増えているように思います。
そんな「似非大人達」を目の当たりにするから、余計にでも子供達の将来を考えてしまいます。
僕は「何をしてやれるか?」ではなく「何を見せてやれるか?」を基本に、将来の大人達へ接しています。
実はそれくらいしか僕らには出来ないと思いますので(^^)
いつもご覧いただき、本当にありがとうございます。
投稿者: 橋本@エムプロ | 2006年05月11日 09:18